それで西郷はついにこの時が来たと自認した。ついにこの時が自分の時であると言うことを自認して、みんなにその決意を示した。自分の最後がどういうものであるかということが積年の懸念であったが、この機を逃せば結局は自分は死ねない。
自分の最後を飾ることができない。この時を伸ばせば自分は生き残ってしまう。そういう不安に駆られて、ついに決断をしたのであった。既に自分はこの戦いがどういうものであるか、あるいは既に時代遅れの過失であるかるように、自分の意思よりはほとんど手に届かないところから左右されている転移であると言うことが辞任するのであった。この完治から考えられると、作戦がいかにどうであろうとなかろうとほとんど問題ではなかった。みんなと一緒に大勢の仲間と一緒に行くと言うことが、せめてせめて目の救いであった。そのごとくにして、この情報をとともに落ちていくと言うことが、いかにも滑稽で、逆に楽しいような感じがあった。自分のこの最後の時がこういう形で現れると言う事はすでに予告してあったのだが、あるいはこの1点において、自分はいかに死ぬべきか、あるいは天に感謝して、この機会をただくにあたって、仙台の君主、あるいは今、島津家に対する御御の感じ、それの第4をこれにて報いようとする機会が得られたと言う事は、あるいは全く後期であって、さらにこれによって天皇に順次さらに行くことができると言う名誉感もあった。ただ1つ同報の大久保に関しては謝罪する必要がの中にあった。自分は彼にとって同胞であり、彼もこの苦しい大事をなすにあたって、いかに自分が戦っていかなければならなかったと言うことを彼がよく知っているし、また自分も知っている彼だけが自分を理解できている。しかし最後にはお互いに両立がならない。両立ともにならず、彼とは意見が対立するであろうということが、過去の時点からわかっていた。それは仕方のないことで、もうお互いに説明する必要がなかった。ただ、彼が私の言った後もこの新しい政府を築きあげるということが自分にの中で確信が持てたし、さらに彼に期待する彼が言うには、私は非常に利己的であるが、もうこの時点ではもうどうすることもできないということがお互いにわかっていたし、さらにこの最後に当たって自分が行くにあたり、さらに将来彼もすでに時代の過去の産物として、自分も行かなければならないと言うことが将来あるだろうし、お互いが役割、この人生の役割が既に終わってしまったということが悲しくもあり、また満足感があり、さらにみんなと一緒に行くと言うことが、ただ単なる救いのように思われた
